四季を詩う 旭川平和通買物公園

1972年6月1日から始まった
日本で最初の歩行者専用道路です。

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旭川平和通商店街振興組合 TEL. 0166-26-0815

買物公園の歴史

買物公園の歴史

はじめまして、買物公園

旭川買物公園って?

旭川平和通買物公園(あさひかわへいわどおりかいものこうえん)は、1972年6月1日に開設された全国初の恒久的な歩行者専用道路です。その範囲は、北海道旭川市のJR北海道・旭川駅前から8条通に至るまでの約1kmに渡ります。
旭川市の商業の中心として多くの客を集めている他、毎年2月に行われている旭川冬まつりの同時開催イベント「氷彫刻世界大会」の会場となっています。

また6月には買物公園の誕生祭として旭川平和通買物公園企画委員会(旭川平和通商店街振興組合・旭川平和通三和商店街振興組合で構成)と北海道新聞・旭川支社との共催にて「買物公園まつり・大道芸フェスティバルinあさひかわ」(2002年~)、12月には旭川平和通商店街振興組合の企画「ハートフルクリスマス」(2005年~)を実施し、多くの買物客を集めています。

買物公園の誕生

銀座より早かった歩行者天国

旭川に全国初の恒久的歩行者専用道路が本格オープンしたのは1972年6月1日。 五十嵐広三さんが市長に当選した1963年に構想が持ち上がって以来、足掛け10年の大事業でした。最初の頃は、あまりに奇想天外な構想に、沿道の商店主さえピンとこなかったとか。そんな中活躍したのが市役所や青年会議所の若者たち。夜な夜な喫茶店や居酒屋で作戦会議を重ね、壁にブチ当たるたび立ち上がっては商店街と市民を盛り上げていきます。その熱いうねりが警察や開発局などの関係省庁をも動かし、1969年の国道遮断の実験を経て、ついに東京銀座より早い歩行者専用道路を誕生させたのです。八千万円の経費のうち二千万は給付金、残りを旭川市と商店街が折半、という資金調達からも、稀にみる壮大な市民運動だったことがわかります。

人に「道」を取り戻そうと

買物公園の趣旨は単なる商業活性化ではありません。それは「人間性の回復」でした。「車社会からの解放」と「自然 との対話」を求め、旭川市民は力を合わせて都市を貫く国道を、花と緑があふれ散策やデート、ショッピングを思い思 いに楽しめる”人のための道”に変えたのです。それは永遠に塗り替えられることのない軌跡であり、全国に誇れる異 色の財産です。完成時の「買物公園は完成したのではなく出発したのだ。次世代の市民によって新しい夢を描いてゆけばいよい」という市長の言葉を、今こそ思い出そうではありませんか。

現在に至るまで

駅から旭橋に至るメインストリートは、戦前「師団通」という名称が付けられていました。その後、第二次大戦の敗戦により第七師団は解体、通りの名称・呼称も「平和通」と改められたのです。 (※現在は第七師団解体後、同地に陸上自衛隊北部方面隊第2師団が置かれています)
1960年代以降のいわゆる交通戦争の影響が旭川においても大きく、メインストリートであった平和通においても交通事故が多発しました。 このことから当時の五十嵐広三市長(後の衆議院議員、建設大臣・内閣官房長官)により、歩行者専用道路を旭川においても導入しようと取 組が始まられました。当初は難色を示していた道警との折衝も、数度の試験的な歩行者専用道路の実施を経て、1972年に日本初の恒久的 歩行者専用道路を開設。その際に通りの名称を「平和通買物公園」と改められて、現在に至ります。 開設から30年を経て施設の老朽化が目立つようになったため、2002年には全面的なリニューアル工事を実施しました。